日本文化史 × フォークロアゼミ
今年度、日本文化史の授業では、学校が位置する秩父地域の事例をもとに教科書の記述をより深く理解する授業を定期的に行っています。
前回の記事はこちらから→【3年・日本史×総探】なぜ、秩父の寺社に対する信仰が広い範囲に分布していたのか? | 埼玉県立秩父高等学校
5月28日(木)には、「開港は社会にどのような影響をあたえたのか」という問いをもとに授業を行いました。
簡単に要点を示すと以下の通りです。
生徒は、開港が単に「外国との貿易が始まった出来事」ではなく、幕府の権威低下、自由貿易による産業構造の変化、生糸輸出の拡大、地域社会の暮らしや文化への影響など、政治・経済・地域社会に広く関わる出来事であったことを学びました。
特に、全国的な歴史の動きと秩父地域の養蚕・絹織物業の変化を結びつけて考えることで、日本史を自分たちの地域の歴史として捉え直すことを目指しました。生徒たちは、資料を根拠に説明し合いながら、多面的に歴史を考える力を深めました。
以下、授業の内容を一部紹介します!
幕末の開港と秩父の関係
「秩父絹発祥の地」城谷沢の井が位置する横瀬町「根古屋」が、良質な絹織物の代名詞として知られたように、秩父地域は絹織物業が盛んでした。
授業でも、なぜ、秩父地域では養蚕が盛んであったのか、に良く触れてきました。
秩父の絹織の歴史は古いと考えられている。米麦自給の耕地に乏しい山間の地にあっては、多角な農業経営を余儀なくされたが、中でも桑を植え、蚕を飼い、繭から糸をとり、絹を織って収入を得ることによって、生計を維持できたといえよう。
杤原嗣雄(1987)「秩父の絹織物」『秩父:繭として信仰』埼玉県立博物館、p.18
では、幕末の様相はどのようなものだったのでしょうか。
以下に生徒が参照した資料の一部を引用します。
開港以来、日本からの輸出の大部分が生糸となった。微粒子病の流行により、ヨーロッパの養蚕国だったフランス・イタリアの養蚕が壊滅状態にあったことや、アジアの養蚕国・清国が、アヘン戦争以後の混乱から立ち直れていなかったことも、日本産絹の需要を大きくした。原料生糸が横浜から輸出されるようになったため、秩父絹は不景気になったが、(その原料)生糸生産は好況となった。
「事件前の秩父」『最新・秩父事件』2024年、p.51
外国向け生糸の相場上昇が、いかに急激であったかは、ここ(引用者注:物価の高騰)からも理解できるが、(秩父の)全郡農家はかかる物価変動から当然に生糸生産に転向し、秩父絹は生産の減退、したがって品薄ゆえの絹相場高を来たす。…このような急激な変動のもとに、秩父絹織物業の生産量は大幅に減退した。
『秩父織物変遷史』p.97
こうして、絹織物業は停滞しますが、その原料となる生糸生産が盛んとなります。
今回の授業では、この好景気が秩父地域に何をもたらしたのか、を考えました。
開港と秩父の祭り
秩父は「祭りの宝庫」と称されることがあります。
その特徴は何といっても秩父型の屋台や笠鉾でしょう。
本校OBで山車研究者、作美陽一氏の研究成果によって、非常の多くの屋台、笠鉾がつくられたことが明らかにされています。
秩父地方には、主に屋台・笠鉾・曳物という曳山が存在し、完全な形で現存しているものと部分的に現存しているものを合わせると、屋台25台、笠鉾72台、曳物1台、その他曳物が2台で、全種合計100台にもなる。(略)現存していなくても、かつて存在したことが確認されている曳山が33台あり、これらを加えれば、最盛期には今以上に高密度であったことが想像される。
作美陽一(2005)「秩父地方の祭礼屋台」『埼玉民俗』30号、p.24
これだけ多くの屋台・笠鉾がつくられた背景には何があったのでしょうか。
ここでキーになるのは、今回の授業で大きく扱った。幕末から明治にかけての生糸生産の増大です。
秩父においては、幕末から明治にかけて生糸生産が盛んになり、それを背景として曳山祭ブームが起きた。そして、爆発的に笠鉾屋台が増えたのである。これらの屋台・笠鉾はほとんどが現存しているが、使われずに保管されているものが大部分である。
作美陽一(1993)『秩父地方の屋台笠鉾』p.23
時代の変化とともに、今ではもう曳きまわされていない屋台・笠鉾も多くあります。
屋台・笠鉾の来歴は「地域の歴史」の一部なのかもしれません、ですが、これを「日本史」の教科書にみえる「大きな歴史」に位置付けることで、見えてくるものもあるでしょう。
今回学んだことは、「秩父事件」とも関係してきます。
何気なく享受している「文化」も、遡ってみると教科書記述に行きつくことがあります。
しかし、単に用語を丸暗記するだけでは、そうした深みにはたどり着けません。
授業はあくまで学びや探究の入り口です。
これをきっかけにして充実した図書館を利用してみてはどうでしょう。
体育祭予行が実施される関係で、短縮日程でしたが、白熱した授業となりました!
来週からは教育実習生による授業が始まります!
(文責:あざみ)


